『トリスタンとイゾルデ』千秋楽2024/03/30 14:54

昨日は大雨でしたが、昼過ぎにはパタッと止んで、午後からは気温もグングン上がり最高気温22.4℃。雨が降った割にはその後スッキリと晴れて、蒸し暑さ皆無の快適な天候でした。総雨量は40ミリぐらいでした。

そんな中、またまた『トリスタンとイゾルデ』を見に二国に行ってきました。やっぱり楽日は盛り上がりますねぇ。全員がこれが最後って感じで声を張り上げておりました。

大野和士が二国のロビーで語り・歌い・踊って(?)おります。


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今日は昨日の嵐が嘘のように穏やかなお日和。すでに気温は25℃まで上がっていますす。午前中に生け垣の剪定をしました。






ユキヤナギの花が咲き始めました。

3/26 トリスタンとイゾルデ@新国立劇場2024/03/27 16:48

昨日は二国でワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』を見てきました。スタッフ&キャスト、あらすじ、ダイジェスト映像などはここ。 舞台写真はこのページ

いやあ、すごい公演でした。トリスタンもイゾルデも当初発表されていた配役とは別の代役になってしまったんですが、トリスタンのゾルターン・ニャリとイゾルデのリエネ・キンチャこの主役二人が見事にはまって、素晴らしい舞台を見せてくれました。前奏曲の開始から尋常ならざる緊張感が漂い、2小節目にあの不思議な「トリスタン和音」が鳴り響く。このショルティの演奏では18秒のあたり。この和声が完全には解決されることなく、次々と展開してゆく。トリスタンとイゾルデの愛そのもののように、一瞬満たされたように見えて、次の憧れが生じ、4時間に及ぶ音楽を紡ぎ出していく不思議な響きだ。指揮の大野和士と都響はこの永遠に続くかのような憧れの連鎖、うねる響きの連続を、緊張感を欠くことなく表現していました。

舞台は抽象的だが、決して安易な読み替えはせずに正攻法な作り。イゾルデのキンチャは冒頭からスピントの効いたお姫様の様子。対するトリスタンのニャリはややリリカルな歌いまわしで、演技力が全面に出てくるタイプ。そこに侍女ブランゲーネの藤村実穂子が落ち着きを与える古株(失礼)の安定感。藤村の真骨頂を初めて体感したような気がしました。第一幕は媚薬が肝なんだけど、トリスタンもイゾルデも表面的には互いに罵り合っているようでいて、心のなかではかなり惹かれ合っているというのが如実にわかる演出。だから、トーマス・マンじゃないけど、飲むのは媚薬じゃなくて水でも構わないとなる。毒薬だとの触れ込みで、ふたりとも臨死体験を経て、互いに分かちがたく結びつくことになるのだ。ここで前奏曲と全く同じようにトリスタン和音が響き渡り、初めて互いの愛を確かめ合う。ここで聞き手はワーグナーの策にまんまとはまってしまうのだ。音楽的には前奏曲の冒頭から愛のテーマが流れているんだから。

第二幕は緊張感に満ちた音楽。狩りに出かけたマルケ王の一行に、二人の愛し合う場面が晒されるとわかっているからこその緊張感かもしれない。延々と続く二人の愛の二重唱が、いつしか形をなしてきて、昼と夜、あるいは光と闇の二律背反に収斂していく。愛し合う二人は永遠に夜の世界に留まろうと歌う。裏切り者のメロートは昼の世界の代弁者なのかも。マルケ王の独白も聴き応え十分。バリトンにしてはややリリカルな声質で混乱する心の内を吐露する。メロートの抜身の剣に身をさらして、死を求めるトリスタン。ここで二人の愛の方向が定まった。愛の行き着く先は、すなわち死。

第三幕、トリスタンの故郷カレオール。牧童が奏でる葦笛の音色が絶海の侘び寂びをいや増しに。コールアングレの音色は震えが来るほどきれいでしたねぇ。主を心配するクルヴェナールの歌唱も立派。それに続いて30分ぐらかかるトリスタンのモノローグが凄かったですねぇ。自分の来し方を語るうちに、いつしか分かちがたい死への憧れとなっていく。僅かな動作で心理状態を表現するニャリの演技力には感嘆しました。イゾルデの到着を知り、狂喜して包帯を引きちぎるトリスタン。そして死。追いかけてやってきたマルケ王の一行。媚薬を飲んだせいなのだと知った王。だから許してやる。ただ、それはほんの表層。媚薬を飲む前から二人の愛は必然だったとする、ワーグナーの策略を知ったらマルケ王はぶったまげるだろうなぁ。クルヴェナールがメロートを討ち、ここより「イゾルデの愛の死」。この演出ではイゾルデがホントに死んだのかどうか、よくわからなかったんですが、イゾルデの赤い衣装と赤い照明、そして血塗られた真っ赤な月がゆっくりと地平線上に沈んていくラストは強烈な印象を残しました。


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昨日は合計で40ミリぐら降ったんだそうだ。

今日は一転して快晴。ただやや強い北風が吹いています。


ピンクのマーガレット


赤いマーガレットは咲き出したところです。


ヴェロニカ




寒いんですが、芝生は発芽しています。


全体的に緑が少し濃くなったでしょうか。


隣の現場ではシートが掛けられています。

2/8ドン・パスクワーレ@新国立劇場2024/02/09 14:10

昨日(2月8日)は二国でドニゼッティの『ドン・パスクワーレ』を見てきました。あらすじ、スタッフ&キャスト、ムービーなどはこのページ。舞台写真はここ

ドニゼッティというとロッシーニ、ベッリーニと並ぶ、ベルカント・オペラの大作曲家。70あまりのオペラが知られていますが、悲劇では『ランモルメールのルチア』、『ルクレツィア・ボルジア』、『アンナ・ボレーナ』、ブッファ(喜劇)では『愛の妙薬』、『ドン・パスクワーレ』、『連隊の娘』など悲喜劇ともに名作が残っています。二国のステージでは『ランモルメールのルチア』、『愛の妙薬』、そして『ドン・パスクワーレ』が上演されています。ブッファというのは16世紀以降のイタリアで流行ったコメディア・デラルテのオペラ版とも言える様式で、例えばモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』におけるレポレッロのような、一種の道化が物語の狂言回しになる喜劇。ドン・パスクワーレでは掲題役のドン・パスクワーレ本人がブッファと呼ばれる役柄になります。大抵はバスあるいはバリトンの役柄で、早口言葉のようなテンポの早い歌いまわしと滑稽な仕草が特徴です。

情緒纏綿たるチェロの独奏からテンポが速くなって、ロッシーニ・クレッシェンドほどではないにしても、ワクワク・ドキドキが止まらなくなるような序曲が終わってまず盛大な拍手。1曲毎に拍手をもらえるってのも、ブッファの特徴ですねぇ。この日ドン・パスクワーレを歌ったミケーレ・ペルトゥージは、ブッファの役にピッタリの口がよく回るバス。気持ちのいい歌いまわしと仕草で喝采を浴びていました。医者のマラテスタを歌った上江隼人もペトゥルージに負けず劣らずの芸達者。最初こそ若干不安定なところがありましたが、第3幕のパスクワーレのとの二重唱では丁々発止の楽しさ。早口言葉も機関銃のように回って楽しいことこの上なし。リゴレットやジェルモンなどシリアスな役もこなすんだそうで、なかなか芸達者な一面を見せてくれました。エルネストのファン・フランシスコ・ガテルというテノールは明るく柔らかな声で、ひ弱な居候といった役どころを好演。この日一番の拍手を浴びたのはノリーナを歌ったラヴィニア・ビーニというソプラノ。明るくて切れ味抜群、表情も仕草も堂に入って、結婚前のコケティッシュな娘から、パスクワーレとの婚姻証書に署名した途端に、湯水の如く浪費を始めるマダムに変貌する切り替えの見事なこと。

この日も二国の合唱は迫力満点。東響も楽しい雰囲気は出していましたが、ただ一点あのトランペットは何だぁ。安っぽいメロドラマ風な音色はいいんだが、ひっくり返っちゃいかんぜよ。指揮者は普段のオペラと同じく、目立たないのが職人芸かも。

このプロダクション、2回目の上演ですが、装置や衣装など毎回楽しませてもらっています。最近漫画家とテレビドラマの脚本家の確執が取り沙汰されていますが、オペラの演出も過剰に自己主張する演出は2度目の上演はないぞと覚悟してもらいたいものです。

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雪はすっかり溶けました。


雪の上に撒いた粉炭が黒く残っています。


パパメイアンの蕾。この先暖かい日が続くんだそうで、なんとなく開きそう。




マーガレット

寒い!2024/02/02 15:19

寒いぞ! 今のところの最高気温7℃。朝からどんよりと曇って薄暗い一日です。週末から来週初めにかけて雪がちょっと降るかもって話です。




真冬、芝生が黄色くなっちゃってます。


ホワイト・クリスマス




パパメイアンの蕾が膨らんできたんですが、週末の天気によっては、ひょっとしたら開かないかなぁ。


寒々とした花壇。




マーガレットはよく咲いています。



ラモーの『優雅なるインドの国々』から「未開人」。かつては野蛮人と言ってましたが、やっぱりねぇ言葉は大切です。この「未開人」はかなり文明が発達した人々。
アメリカの古楽オケとダンスのパフォーマンス。ヒューストンなんて田舎でも古楽の演奏をやってるんですね。びっくり。

次にバスティーユ・オペラの「未開人」。なんと言いますか、こういう猥雑でいかにもってのが、現代のヨーロッパを象徴している気もします。

ミンコフスキー指揮のルーブル宮音楽隊。

クリスティ指揮のレザール・フロリサンの演奏。

もう一丁。演奏会形式の上演です。

ロシアでの上演みたいです。ラモーの原作とはかけ離れた設定です。

1/31 エウゲニ・オネーギン@新国立劇場2024/02/01 11:48

昨日は二国でチャイコフスキーの『エウゲニ・オネーギン』を見てきました。あらすじ、キャスト&スタッフ、動画などはこちら。舞台写真はここ

『エフゲニー・オネーギン』、『エウゲニ・オネーギン』、『イェヴゲニー・オネーギン』、『エヴゲーニイ・オネーギン』などいろんな表記があって面倒だ。ともかく近代ロシア文学の祖とも言われるプーシキンの作。チャイコフスキーの甘美な音楽付きとなれば悪かろうはずがない。

まずこの日一番の収穫は指揮者のヴァレンティン・ウリューピン。ウクライナ出身で音楽教育はモスクワで受けたらしい。ロシア国内のオケを振っており、ペルミのムジカ・エテルナも振っているんだそうだ。そしてこの数年は西側のオケやオペラも振っているそうだ。経歴はともかく、天性のものだと思われますが、テンポ感がいい。そして哀愁を帯びたチャイコフスキーの音楽を情緒たっぷりに聞かせてくれる柔軟性を兼ね備えている。ある意味イタオペにも通じるような間のとり方をする一方で、例えば第2幕のワルツは、かなりキビキビとしたテンポで人々の浮き立つような喜ばしい感情を表現する。この指揮者、ただ者ではない。

タチヤーナは恰幅のいい人でしたが、1幕の「手紙の場」の憧れを切々と歌う可憐な乙女から、第3幕で公爵夫人として登場する感情の大きな振れ幅を見事に表現していました。妹のオリガもよかってねぇ。レンスキーは立派なテノール。ドラマティックな役どころらしいが、リリカルな側面も持ち合わせていて、第2幕でやたらとオルガに嫉妬する演技もなかなか。ちょい役ではありますが、グレーミン侯爵には度肝を抜かれました。これぞロシアのバス。バス・バリトンとか甘っちょろい歌声じゃなくて、大地の底から響いてくる歌声。第3幕の一曲だけのために呼んだんでしょうが、すごい人が来てくれたもんだ。その他、母親のラーリナ、乳母のフィリッピエヴナ、フランス人トリケに至るまで素晴らしいキャスティングだった思います。そして肝心のオネーギンですが、周りがあまりにも豪華なキャストだったのだ、ちょっと渋めだったかな。でも最後の公爵邸の場面では切々と感情を歌い上げていました。

今回は東京交響楽団がピットに入っていましたが、ロシアの憂愁を華麗に彩っておりました。そして何よりも合唱団はすごいねぇ。世界のオペラハウスでも二国の合唱団ほど訓練され、しかも演技もできるところはないんじゃないかなぁ。というわけで、一晩寝ても興奮冷めやらぬデデちゃんでございました。

オネーギンのワルツ。田舎の舞踏会ですから、格調高いポロネーズじゃなくて、庶民的なワルツです。指揮はロストロポーヴィチ。当時のボリショイオペラでは、フィシネフスカヤがタチヤーナを歌うときには、旦那のロストロポーヴィチが指揮台に上がることが多かったみたい。日本公演でもロストロポーヴィチが指揮をしていました。
オネーギンのポロネーズ。公爵邸の舞踏会ですから、ワルツじゃなくてポロネーズです。
Evghenii Oneghin Opening Act III Polonaise Bolshoi Theatre