温泉2016/06/03 00:40

ちょっとボーッとしに伊豆の温泉へ。

露天風呂。あいにくの雨でしたが、人気がなかったんでカメラを持ち込んでパチリ。

水の戯れ

特段の観光地でもなく、すごくいい温泉が湧いているというわけでもないんですが、伊豆というとこのついついこのホテルに数日滞在することが多いんです。

派手じゃないんですが、庭がみごとなんです。

常に季節をちょっと先取りするような花で彩られています。

珍しく外人の個人客が何組か滞在していました。婆さん(ブロンド)、娘(ブリュネット)、孫(ブロンド)って感じで髪の色がやけにデーハーな一家は、まだ5月だってのに、プールで泳いでいました。

雨にしっとり濡れた芝生が生き生きしています。

このホテルの屋上にも植栽があります。実は各部屋のベランダにもちょっとした植え込みがあって、水道管が通っていて自動的に灌水しているようです。夜明け頃小鳥がたくさんやってきて賑やかになります。(上のプールの写真の左下に部屋の植栽が写り込んでいます)

ラウンジから庭を望む



かなり古いホテルなんですが、庭の手入れはホントに見事!


レストランやラウンジの外はパーゴラになっていて、葛の類いが絡んでいるんですが、冬場は日が入るようにかなり刈り込んで、夏にかけては葉っぱを茂らせるようにして日陰を作っています。

天気がいい日は毎日朝の9時には○×造園のトラックがやってきて、庭師がせっせと作業を始めます。この日は花壇に夏向きの苗を植え付けていました。

11時頃には花壇がすっかり仕上がっていました。ランチのお客さんで賑わう頃には庭師の皆さんは引き上げてしまいます。



プールサイドにつながっている芝生の斜面です。

ホテルのシンボルマークをかたどった花壇にも夏の花が植えられていました。



毎日草取りをしているみたいで、芝生の中も雑草がまったくありません。

海ではサーフィンをやっている人がかなりいました。



エノケンの映像。八木治郎がやっていた「人に歴史あり」という番組だと思います(当時の東京12チャンネル)。今でこそNHKからフリーになるのは当たり前ですが、この頃はちょっとしたスキャンダラスな出来事でした。小川宏とか高橋圭三とかそんな連中とほぼ同じような時代だったと思います。エノケンの最晩年ですね。もう足が立たなくなっています。すぐ横で面倒を見ているのが坂本九。日航機事故で亡くなった歌手です。エノケンは彼を相当に買っていたという話です。そのほかにも懐かしい顔ぶれが揃っています。後ろからビンビン響いてくるテノールの歌声は、恐らく田谷力三。

桑形亜樹子チェンバロ・リサイタル2016/01/10 16:28

昨日(1月9日)は茗荷谷のラリールで桑形亜樹子のチェンバロを聞いてきました。「対位法〜宇宙の摂理〜」というシリーズの4回目(最終回)で、プログラムには「祝 ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー生誕400年 1616-1667 vs. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 1685-1750」というサブタイトルが踊っています。

フローベルガー・イヤーと言ってもまあ、知る人ぞ知るってことですけど、すばらしい鍵盤曲をたくさん作曲した人です。対位法のシリーズですから、もちろんフローベルガーって人もリチェルカーレとかカプリッチョのような対位法プロパーの作品も数多く書いています。でもやはり面白いのは組曲。アルマンド、ジーグ、クーラント、サラバンドという並びはどことなく古風な雰囲気が漂いますけど、堂々として、しかも華やかなサラバンドで締めくくるのもまた一興。でも好きなのはアルマンド。この日はラメントやらトンボー系の陰々滅々だったり感情の起伏が大きい曲は演奏されませんでしたが、それでもフローベルガーのアルマンドは時間の均一な流れに棹さす如く、後ろ髪を引かれる瞬間があったかと思うと、突然脇目も振らず走り出して、でもすぐに立ち止まってしまうような不思議な舞曲(?)。演奏家がどれだけ自由に時間をコントロールできるかが聞き所と言えるでしょう。

まずFbWV(フローベルガー作品番号)402のリチェルカーレ。かなり厳格な4声の作品。それからFbWV 607の組曲。ジーグはもちろん、アルマンドもそしてサラバンドでさえ対位法的な音の対比ないしは、旋律の対比が面白い。続いて弾かれたバッハのアルマンド2曲(リュート組曲ホ短調、フランス組曲第4番)と比べると、曲の作りや響き方がまるで異なっているのがわかります。次にメラー手稿譜から組曲変ホ調。バッハのカプリッチョの写しが載っている楽譜集ですよねぇ。フローベルガーもバッハ一族に知られていたというわけか。(追記:Möller Manuscriptにフローベルガーが入っているというのが、どうも腑に落ちない???)ふむふむ。次にFbWV 502のカプリッチョ。3つ4つのパートからできてるフーガですが、リズムやテンポの対比もなかなか面白い。FbWV 412のリチェルカーレは嬰ヘ調となっていますが、音符一つ一つにシャープが付いている感じ。かなり珍しい調子なんですが、エアコンが効かない猛暑の室内で、チューニングがどんどん崩れていったためか、さほど違和感なく聞けました。前半の最後はバッハのフーガの技法からコントラプンクトゥス9。一人で演奏するのは大変でしょうねぇ、でもそんな雰囲気は微塵も見せることなく、爽やかにオクターブの跳躍を決めていました。

いつもはチケットを持っているとそのまま入れたんですが、今回は30分も前に到着したのに当日精算の人々の列の後ろに延々と並ばされて、やっと中に入ったらとんでもなく狭苦しい席しか残ってなくて、おまけにこの暑さ。かなり往生しました。前半で帰ろうかなとも思ったんですが、まあ何事も我慢が肝心。後半はフローベルガーのトッカータFbWV 108。自由な音階的パッセージがひとしきり走り回った後、対位法的・重層的部分に入り、それが次第に切迫してクライマックスを築く構造は多分フレスコバルディから受け継いだものなんでしょう。走句と対位法の対比、そして比較的緩く作られた対位法部分の盛り上がりは、いつ聞いてもワクワクします。次にバッハの4つのコラールとコラール編曲。初めて聞く曲でよくわからないけど、3番目のBWV 722が面白い編曲だったかな。これはまあ、対位法音楽の頂点と言ってもいいんでしょう。

それからフローベルガーを3曲ファンタジアFbWV 202、マイヤリンの変奏曲とクーラント、サラバンド、それにリチェルカーレFbWV 406。変奏曲ってフローベルガーの作品の中ではちょっと異色ですが、何ともかわいらしくてきれいな曲ですねぇ。ファンタジアは厳格な書法の対位法。すごいとは思うんだけど、それが面白いかというとちょっと言葉に詰まるところ。リチェルカーレは嬰ハ調という奇妙な調子ですが、調律が崩れちゃっていたこともあって、まあまあそう違和感なく聞ける範囲。最後にバッハのフーガの技法からコントラプンクトゥス7。手練手管を駆使して作り上げた化け物のようなフーガですが、でも決して譜面の上で良くできていると言うだけじゃない。音を聞いても、うん、そうなってるのかって思いながら、いつの間にか心地よい音の奔流の中に身を任せることができる、そんな演奏でした。


ダバダバダーでバッハのコントラプンクトゥス9



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この数日快晴無風の日が続いています。もう半月ぐらい雨が降っていないような気がする。うん、なんと正月になってから屋上に水を撒いたぞ。




ブルームーン

アリスター・ステラ・グレイ



このところの暖かさで、カロライナ・ジャスミンが咲き始めました。



去年の秋に植えてみた矮性のナデシコ

カワラナデシコ

生き残っていた園芸種のナデシコ

レディ・ヒリンドンはまだまだ咲き続けています。

いつもの冬だと北風に煽られ枝が擦れて、花がボロボロになっちゃうんですが、今年は風が吹かないんで、きれいに開いています。


マダム・アルフレッド・カリエール


まだまだ蕾が残っています。

イエロー・シンプリシティ



スミレ



花びらをちぎっていくのは、小鳥かな、カラスかな。

ロシア国立交響楽団 チャイコフスキーの4,5,6番2015/07/19 16:41

昨日(7月18日)は芸術劇場で掲題のオケを聞いてきました。台風の後の何となく安定しない天気で、時折ザーッと落ちてくる空模様。うちからなるべく地下道を伝うようにしてホールに到着。入り口に前売りで完売、当日券は出ないという掲示。「へぇ」なんて思いながら、暑いんで開演前にビールを一杯。

指揮者はポリャンスキーというこのオケの常任。いつまであるかわかりませんが、この演奏会のチラシはこちら。ガスプロムなんかが後援していますねぇ。「ムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ以来の爆演型指揮者、ヴァレリー・ポリャンスキー初登場!」という謳い文句がなんとも胡散臭いなぁと思いつつもチケットを買ったんですが、まあ楽しめました。

まずロシア国立交響楽団という名称から。こちらのページに、最近のロシアオーケストラ事情にかんする比較的わかりやすいリストが作成されています。「ロシア国立」というとどうしてもスヴェトラーノフが振っていた「ソヴィエト国立」を思い浮かべてしまうんですが、どうも違うらしい。あのオケは現在では「スヴェトラーノフ記念ロシア国立」。プレトニョフが始めた「ロシア・ナショナル」というのもありますが、「ロシア国立」とは別。スピヴァコフのオケも「ロシア・ナショナル」ですが、これも「ロシア国立」とは別。今回来日の「ロシア国立」というのは、キリル文字は読めないからアルファベットの表記でState Symphony Capella of Russiaというものらしい。これは「モスクワ放送オペラシンフォニー・オーケストラ」というのが元々の名称らしいんだが、これはまた有名なフェドセーエフが振っている「モスクワ放送シンフォニー・オーケストラ」とは別物。フェドセーエフの所は現在では「モスクワ・チャイコフスキー記念」とかいうらしい。

「モスクワ放送オペラシンフォニー・オーケストラ」というやつがその後、ロジェストヴェンスキーが振って「文化省オケ」という名前で何度か来日公演をやったんですが、そのなれの果てが今回の「ロシア国立」というオケなんだそうだ。面倒くせぇなあ。ロジェストヴェンスキーとロストロポーヴィチは西側に渡って金の亡者になったというのは有名な話ですが、その時に放り投げていっちゃったってことかな。

ロシアはもともとものすごく質のいい音楽家をわんさかと輩出していましたが、ロシアのオケは90年代に団員を猛烈に買い叩かれて(というか、よりギャラのいい西側へと楽員が流出して)、来日公演のたびに質が落ちていくのが何とも悲しかった。ムラヴィンスキーが倒れてその代役でヤンソンスが振ったレニングラード・フィルが最後の輝きだったと思います。(確か5000円ぐらい現金で払い戻しがあった)。今回の公演のチラシの下品な謳い文句のような「爆演」ではなくて、真剣で切り結ぶような、どこをとっても切れ味鋭い音楽。クラシック音楽の世界の尋常ならざる崇高な世界を見せてくれていました。

あれから20数年してどんなオケかもわからずに、うちの近くだからたまたまチケットを買っちまったわけですが、演奏はなかなか楽しめました。4番冒頭、ホルンがやけにレガートでのんびりと始まったなぁなんて思っていたら、結構テンポをいじる指揮者で、クライマックスに向けて追い込んでいく音楽はなかなか楽しめました。5番冒頭のクラも同様だし、第2楽章のホルンも音は美しいんだけど完全に緩みきったテンポ。全体に「爆演」というには迫力不足。1st.Vn.が15人、ベースが7人とやや小さめな編成。下手奥にベースが10本並んでゴシゴシ擦っていたレニングラードの迫力には遠く及びませんけど、それでも一生懸命さは伝わってきました。ただし、ロシアのオケの味、音色、粘り気、底知れない深さ、厚さ、熱さ、そういったものは全く感じられませんでした。言ってみれば普通の西側のオケが頑張って弾いてるなぁってところ。指揮者の意図なんだと思いますが、ロシアのフレーバーをことごとく消そうとしているみたい。4番のオーボエ、5番のクラリネット、ホルン、ファゴットのように管楽器にはまだ昔の色がちょこっと残っていましたが、全体的には西ヨーロッパのモダン・オケを目指して頑張ってますという音楽でした。別の指揮者だったらあるいはという気がしないでもない。指揮者を替えて聞いてみたいですね。



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台風11号は東京では大した影響はなかったんですが、雨がトータルで100ミリ近く降りました。



30℃を越す日が続いていますが、雨のお陰でまだ芝生が伸びています。


そこで9日振りに芝刈り





手前の麦わら色に枯れたスポットは、ニャンコらのおしっこの痕。

ここらへんはちょっとブラウンパッチが出ています。



かなりさっぱりしました。刈り取り量は45リットルのゴミ袋に一杯。7月中にもう一度か二度芝刈りが必要かなぁ? 今後の天候次第です。

アンジェラの2番花


クリムゾン・グローリー

シャルル・ドゴール

ドゥフトゴルト

フレグラント・アプリコット

マルコ・ポーロ

オールド・ブラッシュがまた咲いています。

レインボー2015/02/05 22:43

とあるバーにて・・・









新国立劇場 『パルジファル』2014/10/15 23:24

どんより曇って、ちょっと肌寒いくらいの一日でした。

パパメイアン(赤)とラ・フランス(ピンク)



アンナプルナ


チャイナ・ドール

クロチルド・スーペール(粉粧楼)

クリムゾン・グローリー



シャルル・ドゴール

ムーン・シャドウ


ドゥフトゴルト


マリーゴールドとアリスター・ステラ・グレイが満開です。

赤いバラはパパメイアン

オールド・ブラッシュ(夏の名残のバラ)

フレグラント・アプリコット

香りのバラ芳純

オレンジ・マザーズデイ

ザ・マッカートニー・ローズ

ラ・フランス




昨日(10月14日)は二国で『パルジファル』の千秋楽を見てきました。舞台写真はここ。スタッフ&キャストはここ動画もあります

今回の公演はいろいろ考えさせられる問題が山ほどあって、とても軽々なまとめは無理なんですが、敢えて感想文で凌いでおこうという魂胆です。まず、舞台写真のように全三幕、大道具は一緒。写真<5><6>のように、聖杯騎士団の聖堂は二枚の紗幕をつかって表現しています。<7>は第一幕の正餐式の場面ですが、槍を象徴した演出家が「メッサー(刃)」と呼んでいる刃物を模したブレードの上で聖杯の儀式が執り行われます。<9><10>は第二幕でクンドリーがパルジファルを誘惑する場面ですが、ここでもブレードの上に乗ってなにやら思わせぶりな仕草が展開されます。<11>がわかりやすいと思うんですが、舞台の中央から奥にかけて、演出家が「光の道」と呼ぶ、今話題のLEDランプを無数に仕込んだ稲妻形の演台が仕組まれていて、基本は白ですが、状況によって様々な色に変化します。たとえば、<8><13>。

演出はなかなか秀逸だったと思います。キリスト教思想ベタベタの作品でありながら、それから一歩引いて、文化や思想の多様性をイメージさせることに重きを置いた芝居になっていました。全体的にさほど動きのある芝居じゃなくて、グルネマンツがずっと語り続けているオペラですから、劇的な瞬間であっても、登場人物の内面の変化を描き出す必要があるわけで、そのあたりが非常によくできていました。キリスト教とは別の価値観を象徴するものとして、黙り役の仏教の坊主を3人登場させたんですが、これはこれでまあいいのかな、っと? アンチキリストならこういうのは何でもいいんでしょうが、まあものすごくわかりやすい。

この楽劇、やたらと歩くんですよねぇ。もちろんクンドリーは世界中を飛び回っていますが、パルジファルがモンサルヴァート城に現れる経緯も、道に迷ってやってくる。第二幕ではパルジファルがクンドリーに聖杯への道を執拗に尋ねます。この歩くっていう行為が、悟りとか目覚めとか、そういうものに至る課程を象徴している演出って最近多いように思われます。それがまさに今回のLEDを敷き詰めた「光の道」。これなかなかよかったです。そのほかに透明なアクリル性の槍だとか、赤く光るガラスの聖杯だとか、小道具もしっかりと押さえてあって、非常に見やすい舞台でした。

まず第一幕、前奏曲からかなりスカスカな音が聞こえてきて、「え、何だろう?」って気がしました。まるで10年ぐらい前にN響がピットに入った時の『ジークフリート』みたい。広さを持てあまして、ホールの空間がスカスカになった弦楽四重奏を聞いているみたいな、まるで求心力のない音楽。一体どうしたんだろう。まあN響の時は「借りてきた猫」状態だったんで、まああんなものかなって思いましたけど、今回は定評ある東フィルですよ。グルネマンツ、クンドリーは最初からなかなかよく語っていました。

第二幕。オケがまるで別物に化けました。特に金管の重厚な響き、木管の繊細な音色、まあ、バッカナールですからそういった色彩的な面白さがとても重要な場面ですが、その雰囲気を遺憾なく表現していたと思います。クリングゾル、歌い出しからよかったねぇ。艶と潤いがある美声です。魔法使いの女たち(花の乙女)は、舞台上では歌舞伎町のキャバ嬢たちを踊らせて、声はピットで歌わせるというアイディア、よかったと思います。なかなか妖艶の美女軍団でした。できれば、キャバ嬢たちもプログラムにクレジットしてあげたらよかったのに。

第三幕。二幕の「アムフォルタス」の一声以降の仕込みが十分に効いた、悟りの世界を表現した舞台。仏教の坊主も随所登場するんですが、そんなことより、うろたえる聖杯騎士団の面々の表情が非常にうまく描かれていました。聖杯の儀式からしか生きていく糧を得ることができないという、いわばキリスト教のスタンダードが見事に崩壊していく様は見ていて痛快。パルジファルの槍の力により、アムフォルタスは望み通り死ぬことが叶い、光の道を歩むグルネマンツ、パルジファル、クンドリーに追従する騎士もいれば、その場にとどまる騎士もいて、聖杯騎士団がバラバラになって幕が下りる。この幕も歌手陣は大健闘。指揮者+オケも見事な演奏を聴かせてくれました。『指環が大失敗でしたから、この『パルジファル』のプロダクションは大切にしてもらいたいですねぇ。きっと二国の財産になると思います。