いい天気 ― 2026/03/17 13:11
午前中は曇っていましたが、昼過ぎからはピーカンになりました。気温も15℃を超えています。
ヴェロニカが随分開いてきました。
シランの新芽。
少しずつ春が近づいています。
モンテヴェルディのマドリガーレ第4集から「私は若く美しい娘」。お馴染み『ボッカッチョ』からの歌詞です。若いんだよ、美しいんだよ、だから私に恋をしなよ、とちょっとコケティッシュな文脈になっています。ラ・マン・アルモニックの演奏。
曇り空 ― 2026/03/16 11:43
午前中はどんよりとした曇り空。明け方雨がちょっと降ったらしい。
いつの間にやらバラの新芽が開いてきました。
芝生の様子は結構いいです。でも早い年だと3月の半ばに芝刈りをしたこともあるんですが、そこまでは早くはないなぁ。4月の10日前後に今年初めての芝刈りってことになりそう。
オレンジ・マザーズデイ、まだ咲いています。
ヴェラチーニの序曲第1番変ロ長調。フィレンツェ生まれのヴェラチーニはヴァイオリンの名手で、ドレスデンやらロンドンでも活躍しました。フランス風の序曲も6曲作ったんだそうで、その第1番。ベルナルディーニ指揮のブレーメン・バロックオーケストラの演奏。
いい天気です ― 2026/03/15 14:59
快晴で気温は15℃を超えています。
つるバラの新芽が豪快に展開しています。
ドピーカン。芝生の緑も復活してきました。
ヴェロニカが咲き進んでいます。
クロッカスは白い花が開くと最後です。
シラー・シベリカ。Spring ephemeral(春の妖精)の一つです。
ジャン=バティスト・フォルクレのラ・ビュイソン。当時のフランスでは、今では意味のわかない人物の名前をタイトルにした曲が沢山作られました。Portrait(ボルトレ+肖像)と呼ばれる曲です。題名になっているビュイソン氏は、フランスの宮廷画家だったそうですが、今となってはもうどうでもいい話。曲は豪快かつ繊細、フォルクレの特徴をよく表しています。ヴィオールのミリアム・リニョルとテオルボのガブリエル・リニョルの演奏です。
娑婆の味 ― 2026/03/14 12:26
8日(日曜日)の夜中にお腹が猛烈に痛くなって、救急車を呼びました。どこが行きつけがありますか(?)って聞かれて、いくつか上げたんですが、日曜の夜中っていうこともあって、どこも断られました。救急車の人が豊島病院どうでしょう(?)というので、見てくれるところならもうどこでもいいからと言うと、豊島病院に決定。真夜中でサイレンを鳴らしていますから、10分ほどで到着。
CTを撮ってみると腸が絡まって腸閉塞の状態。これから緊急手術をしますって事になり、準備が整ったところで手術開始。2時間ぐらいで終わったらしい。結局、小腸の壊死した部分を40センチほど切り取ったそうだ。その日はICU(実際には空きがなかったのか、SCU=脳卒中集中治療室)で過ごし、一般病棟に降りてきたら、大部屋(4人部屋)なのにやけに広い。APAホテルのシングルぐらいはありそうだ。20年ぐらい前に、全部壊して高層に建て替えたために、広い敷地も相俟って病室がゆったりしてるんですねぇ。2日半絶食して水曜の昼頃から食事が出されたんですが、まあ、病院食ってそうだったよな。どこの店にも、どこの家庭にもない味付け。あれを味付けと呼ぶんならということですが。そんなこんなで、今日の午前中に娑婆に戻って参りました。
「幸福の黄色いハンカチ」で、健さんが網走刑務所を出所して、大衆食堂に入り、まずビールを注文。うまそうに飲み干していたんですが、あのシーン覚えていますか。まあそれに倣って、冷蔵庫を開けてみたけどビールがない。次善の策として缶酎ハイを開けて、グビグビっとな。出所と退院は違いますが、久々の娑婆の味でございます。
入院から手術になったのはすでに月曜の早朝だったので、正味5泊6日。会計が6万ちょっと。日本の医療ってすごいねぇ。
文楽『義経千本桜』、『新版歌祭文』、『曽根崎心中』@所沢ミューズ ― 2026/03/08 11:51
昨日(3月7日)は所沢で人形浄瑠璃を見てきました。昼の部開幕はこの時期にふさわしい、『義経千本桜』から「道行初音旅」。狐の忠信と静御前の華麗な道中でございます。物語と言うよりはダンスですね。折から桜満開の吉野でひと踊り。心ウキウキ、手の舞いもおのずと足の踏みどころを知らずといった、楽しい道行きでした。
次に「〽野崎参りは、屋形船で参ろう」でお馴染み、お染、久松の『新版歌祭文』 野崎村の段。大坂の油屋に奉公する久松と、油屋の娘お染との道ならぬ恋。野崎村に戻ってくると、育ての親久作が義理の娘おみつと無理やり祝言を挙げさせようとします。折から正月が近づいていて、まな板の上に大根を乗せ、おみつが包丁を手にして、膾に切り分ける仕草を見せるなど、人形だからこその細かな動きが面白い。そこに久松を追ってお染も登場。田舎娘のおみつは都会の娘お染に圧倒され、お染・久松の思いの深さに負けを悟ります。いよいよ祝言。おみつの角隠しの下は、髪を切って短髪になっています。つまり出家する意思を固めたということ。そしてお染は屋形船で、久松は駕籠に乗って大坂に戻っていきます。最後に屋形船の船頭が、川に落ちたり、竿が引っかかったりと、コミカルな演技を見せてくれました。ただ、舞台はここまでですが、二人の恋の行方は、悲劇に終わります。心中ではないんですが、大晦日の夜に、二人はそれぞれに命を断つことになります。
夜の部は『曽根崎心中』。映画『国宝』でも散々出てきましたから、ストーリーはほどほどに。「天満屋の段」でお初が腰掛ける、その縁の下に徳兵衛がいて、お初の足先と、徳兵衛の手と顔で対話する場面。「この上は徳様も、死なねばならぬ品なるが、ハテ、死ぬる覚悟が聞きたい」と足で問えば、下にはうなづき、足首取って喉笛撫で、『自害する』とぞ知らせける」、この場面は秀逸でした。普通人形浄瑠璃の女の人形は足がついていないんですが、お初のこの場面だけは、足がないと始まらない。徳兵衛の人形遣いは人間国宝の吉田和生でしたが、普通3人で遣うところを、狭い縁の下ですから、吉田が一人で遣っていました。基本的に右手と頭だけの場面ですからこういったことが可能なんですねぇ。
大詰めの「天神森の段」。「この世の名残、夜も名残。死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足ごとに消えて行く夢の夢こそあわれなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなり」。ここで、お寺の鐘がゴーンと響き渡ります。こりゃもうたまらん名調子。「北斗は冴えて影うつる、星の妹背の天の川」。薄暗い天神森の梢高く、北斗星が輝いて見えます。と、そこに光り輝く人魂が2つ。「オ、あれこそは人魂よ。あはれ悲しや今見しは、二つ連れ飛ぶ人魂よ。まさしうそなたとわしの魂」。「そんなら二人の魂か。はやお互ひは死にし身か。死んでも二人は」『一緒ぞ』と、抱き寄せ、肌を寄せ、この世の名残ぞあはれなる」。そして最後、女は目を閉ぢ悪びれず、「はよう殺して、はよう殺して」と覚悟の顔の美しさ。哀れを誘う晨朝の、寺の念仏の切回向。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」。
『南無阿弥陀仏』を迎へにて、哀れこの世の暇乞い
長き夢路を曽根崎の
森の雫と散りにけり
段取りが悪い神父の計略にまんまと引っかかってしまったシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』より、近松は遥かに才能豊かだったと思います。お初・徳兵衛の心中からわずか1か月で、台本を書いて上演にまでこぎつけたというから驚きです。
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今日は快晴ですが北風が強く吹いている上に、気温も10℃前後までしか上がっていません。
サザンカの狂い咲き。
いつの間にやらつるバラの葉っぱがかなり展開しています。
快晴
ヴェロニカ




















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