ボリショイ・バレエ:スパルタクス2012/02/02 00:09

あ、日付を越えてしまった! 一昨日1月31日は久々に上野の文化会館でボリショイ・バレエの『スパルタクス』を見てきました。久々っていうのは、上野に行ったのも2年ぶりぐらいだし、ボリショイと名がつくものを見に行ったのも20年振りぐらいじゃないかなぁってこと。20年以上前、まだソビエト連邦って国があった頃、ボリショイ・オペラで『金鶏』を見たのが最後かなぁ。いやああの時の魔法使いのハイテナーがとんでもない声を出していたこと。舞台がとんでもなく美しかったこと。あれはものすごい公演でした。その後も、ボリショイ・サーカスを東京都体育館あたりで見たかも。ダッタン人の馬賊の曲乗りなんかものすごい迫力だったのを覚えているんですが。果たしていつの頃のことだったか? 

なんか懐古的な話になっちゃいましたが、ソ連が崩壊して、ソビエトの音楽のレベルも、そりゃもう惨めなほど衰退して、そっち方面には興味がなくなっていたのは確かです。レニングラード・フィルも田舎の楽隊レベルになっちゃったし、ボリショイの荒廃もひどかった。一人勝ちしていたのが、ペテルブルクのキーロフ劇場あるいはマリインスキー劇場。西側の資本と結託して、早い者勝ちのレースに圧勝してしまいました。キーロフ(マリインスキー)のオペラ・バレエの映像は、今でも世界中を駆けめぐっていますねぇ。ある意味ブランドになっているのかも。

それに対してボリショイのステージはどうだったんでしょうか。詳しいことは全然知りませんが、来日公演はあってもまあ、避けておくのが無難かなぁってわけで、20数年経っちゃいました。で、今回久々に『スパルタクス』を見に行った次第。いや、結論から言うと、これはもうものすごい上演でした。東京の初日ということもあって、開演前からロビーは華やいだ雰囲気。(グラス売り1杯5,000円、7杯限りというシャンパンを男女2人で売っていましたが、最後まで一杯も売れなかったみたい。この2人の日当は出ないな。)

まず、ハチャトゥリアンの音楽がすばらしい。3幕のバレエですが、長尺ものの交響詩を3つ続けて聞いたような充実感。叙情的なアダージョから強烈なプレストまで幅広いスペクトラムを含む大曲をみごとに演奏したボリショイ劇場のオケと指揮者のパーヴェル・ソローキンに拍手。

今回の公演の目玉は、スパルタクスを踊ったイワン・ワシーリエフ。市販のビデオやYouTubeなどで流れている映像は、ムハメドフが踊っている80年代のものが多いんですが、今回のワシリーエフは日本初登場。2006年にバレエ学校を卒業してボリショイ・バレエに入団したという若手。スパルタクスを踊って3年ぐらいのダンサーですが、これがすごい! 昨年だったかボリショイの引っ越し公演でロンドンでも踊ったらしいんですが、大好評だったみたい。いや確かにこれは、世界中で引っ張りだこになる踊り手ですねぇ。特徴はもちろんジャンプ。高さと滞空時間が明らかに違う。一瞬空中で静止したかと思うと、そこからさらにもう一段跳ねるような感じに見えますねぇ。

ムハメドフもそうだったですが、たとえば『白鳥の湖』のジークフリート(王子様)を踊るプリンシパルとは体型が全然違う。むしろ小柄なサッカー選手のような太い足、フライ級のボクサーのような腕の筋肉、重量挙げの選手のような背筋。会場には若い女性の姿が多かったですニャー (=^^=)  クラッススやローマ軍の兵士は生足なのに、スパルタクスは薄物ですがタイツをはいている。そこらあたりが、女性にはちょっと不満だったようですが…

第1幕は奴隷にされ、剣奴として戦って、仲間を殺してしまうスパルタクスの葛藤から奴隷の反乱までを描いています。もちろんスパルタクスや、妻のフリーギアのモノローグも表情豊かでしたが、ローマ軍の司令官クラッスス(アレクサンドル・ヴォルチコフ)も格好いい! 常に日の当たるところを歩んでいる大金持ちですから、神々しいばかりの輝き。その取り巻きの人物たちも、ポンペイの壁画から抜け出してきたかのような豪華さ。

第2幕はスパルタクスがクラッススのハーレムからフリーギアを救い出し、さらには奴隷軍がクラッススの軍を打ち破り、スパルタクスがクラッススとの一騎打ちに勝利するまで。ここで意外によかったのが、クラッススの情婦エギナ(エカテリーナ・シプーリナ)。クラッススの別荘での宴会シーンではその野心を優雅な踊りで表現していました。

第3幕はクラッススの逆襲。反乱軍の内輪もめ。最後の決戦にスパルタクスが敗れるまでを描いています。ここではフリーギア(スヴェトラーナ・ルンキナ)とスパルタクスの有名なアダージョが絶品でしたが、その他にも戦闘シーンや、エギナの色仕掛けの反乱軍分断工作など見どころ満載。スパルタクスがローマ軍兵士の槍に突き上げられるラストシーンは感動的でしたねぇ。ソビエトの社会主義リアリズムって言葉はなんだか古めかしいですが、お客さんを徹底的に楽しませるための表現の追求は、いま時のオペラのゴロツキ演出家の皆様も大いに学んでいただきたいものでございます。

男の群舞や、戦闘シーンはちょっと京劇に似ているかな? でも京劇はスピーディーな立ち回りや、連続宙返りといったよりアクロバティックな方向を目指しているのに対して、『スパルタクス』というバレエはやっぱり肉体による表現としてのダンスなんでしょうねぇ。ポーズやジャンプの形、動きの美しさを追求しているんだと思います。

今年はボリショイ・バレエの他に、二国で3月に『アンナ・カレーニナ』の再演が待っています。これも楽しみ。もうチケットはほとんど売れちゃっているみたいですけど。ボリス・エイフマンというのも大変な才能ですねぇ。