能@宝生能楽堂 ― 2026/01/11 21:56
新年のお出かけ始めは、後楽園近くの能楽堂で能・狂言を見てきました。前回の12月20日はミセス・なんとかさんの興行があって、東京ドームの周辺が大混雑でしたが、今日はガラガラ。昼間は17℃近くま気温が上がって、汗ばむほどの陽気。
最初の演目は能の『翁』。なんとも不思議な能です。ストーリーがあるわけでもなく、なんとなく儀式っぽい始まりで、長寿を寿ぐ翁の舞。途中から狂言パートに入って、「揉ノ段」は舞手自身が掛け声をかけながら囃子方を巻き込んで盛り上がっていきます。囃子方も掛け声をかけながら、4拍子、3拍子、5拍子(3拍子+2拍子)と目まぐるしく変化する、まるでリトミックの練習のようなリズムを打ちならします。それが終わると、神社の巫女舞のような鈴を手に持って、また序の舞から次第にテンポを上げてタランテラのような無窮動に至る激しい舞を披露します。ここでも囃子方が見るものを唖然とさせるようなとんでもなく複雑なリズムを打っていました。
2曲目は狂言の『昆布柿』。野村萬斎と裕基親子に中村修一の三人。萬斎が領主の部下(奏者)、後の2人は百姓。領主に納税しにやってきた百姓です。昆布と柿という特産物を物納し、無事に歌も詠んで、さて最後に名を名乗れというので、淡路の百姓は「問うで何しよ」と答えます。実はこれが名前。丹波の百姓は「栗の木ぐぜいに たりうだにもりうだ もりうだにたりうだ ばいばいにぎんばばい・・・」と寿限無寿限無のような名前だと言います。奏者はとても覚えきれないので、直接領主の前で申し上げるようにということに。最後はこの複雑な名前を唱えながら、ダパンプさががらに片足ケンケンで3人輪になってが飛び回り、囃子方も賑やかに打ち込んで止めになります。お引きずりの長袴で片足ケンケン、ハラハラしながら見ていました。
15分の休憩を挟んで、次は能の『定家』。藤原定家の式子内親王への恋物語。能のテーマ以外にもいろんな証拠があるらしいんだけど、まあ、結構深い仲だったのかな。それはともかく、この宝生能楽堂の体質というのか、シテも囃子もかなり年配のユニットが出てくるんですねぇ。昨年の12月には源氏物語に題材をとった『野宮』で、その老人のお仲間がとんでもなく退屈な2時間を演じてくれましたが、今回の『定家』も眠かった。ワキの宝生常三という人の声は素晴らしかったんですが、シテの田崎隆三という方がかなりの高齢なのか、わずか5センチほどの作り物を越えるのも四苦八苦。舞もよたよたしているし、最後に作り物の中で立ち上がるだけの動作で、ふらついて慌てて後見が手を貸す始末。さらにこの前笛の下手くそな老人を紹介したけど、今回も同じ藤田朝太郎ってのがとんでもなく下手くそな笛を吹いて、しかも小鼓も大鼓も湿って鳴らないベチャって音。とにかく永遠とも思われるほど長い2時間でした。
15分の休憩の後、最後は『春日龍神』。高山寺の開山、明恵上人(みょうえしょうにん)という人が、奈良の春日大社に参拝して、中国にわたり仏教の足跡を探索したいと言い出します。春日大社の神官は、唐・天竺に渡っても仏の死後末法の世界に入って、大陸ではすっかり仏教は衰えているから行っても無駄だと諭します。見どころは後半の龍神が揃い踏みする場面。パンフレットには「後シテは白頭となり、後ツレの龍女二人と、赤頭の龍神複数人を従えて出る」と説明されているんですが、残念ながら、この日龍神は1人(1柱or1匹)だけで、なんとなく肩透かしを食らった気分。囃子方はうまかったし、ワキの明恵上人などもいい声をしていたのに、なんか構成がチープだった。正月興行なのに。
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