11・15 マスネ『サンドリヨン』@日生劇場 ― 2025/11/16 12:57
昨日は日比谷の日生劇場でジュール・マスネの『サンドリヨン』を見てきました。
一時期浅利慶太と右翼政治家が結託して劇団四季の専属のように使われてきた日生劇場ですが、本来は理想的な大きさのオペラハウス。1963年の杮落としはベルリン・ドイツ・オペラの引っ越し公演で、ベーム指揮で『フィデリオ』、『フィガロの結婚』、マゼール指揮の『トリスタンとイゾルデ』、そして何と『ヴォツェック』までオープニングのシリーズで上演した劇場です。村野藤吾の設計で、優雅な曲線美と、2万枚のアコヤ貝を天井に散りばめた豪華な作り。当時のモダニズムの正反対を行く建築だったと思います。ロビーもゆったりして、サントリーホールのような狭苦しい儲け主義のホールとは一線を画しています。お隣の宝塚劇場がかなり前に建て替わり、帝劇もそろそろ建て替えが始まるんだそうだけど、日生劇場はどうなるのかな。しょっちゅう来るホールじゃないけど、子供の頃見た『裸の王様』とか、コント55号の坂上二郎がフロッシュをやった二期会の『こうもり』、ミラノ・ピッコロ座の公演でジョルジョ・ストレーレル演出の『コジ・ファン・トゥッテ』など記憶に残る上演の数々が思い出されます。
このところフランス・オペラの上演をよくやっていますが、今年はマスネの『サンドリヨン(シンデレラ)』。いやあ楽しかったなぁ。新国立劇場では奇しくも同日・同時刻に『ヴォツェック』が開幕したそうですが、絶対『サンドリヨン』を見るべきだ。ヴォツェックはある意味同時代の市井の悲劇を体感する、あるいは実感する芝居ですが、サンドリヨンは完全におとぎ話の世界。グリム童話のアシェンプテル(灰かぶり姫)は、オドロオドロシイ物語ですが、フランス語のシャルル・ペローの『サンドリヨン』は完全なるファンタジーの世界。どちらかというと、日本の『落窪物語』の方が、継子から少将に見出されるというシンデレラ・ストーリーに近いかな。ロッシーニの『チェネレントラ』は大人の童話。妖精なんて出てきませんし、妖精の代役を王子様の家庭教師が務めるという、ある意味リアリズムの物語。でも上演回数はロッシーニのほうが断然多いですね。
マスネって『タイス』の瞑想曲ぐらいしか聞いたことがないって人が多いと思いますが、いやあすごい作曲家だと思う。第2幕で王子とリュセット(シンデレラの役名)が出会って恋に落ちるあたりは、ほとんどトリスタンとイゾルデの世界。ただし、重厚長大なワーグナーに比べて、音楽の軽妙さを忘れないマスネというところだろうか。一瞬にして場面が転換するようなところでも、無限旋律というのか音楽は途切れず優雅に流れていく。そう、メロディーの美しさもマスネの特徴かもしれない。
サンドリヨン(リュセット)の森田麻央は可憐な歌声と美しい立ち姿が印象的。シャルマン王子の杉山由紀は、悩む心と愛する心の振れ幅大きな役どころをうまく演じていたと思います。妖精の鈴木玲奈もしっとりとした歌いまわしながら、毅然と場を仕切る親分肌の気風があり、このあたりの女声陣は充実しておりました。継母(ド・ラ・アルティエール夫人)を歌った齋藤純子はベテランですが、継子いじめをする親の可笑しさをうまく演じておりました。2人の姉もコミカルな演技と歌でございました。父親(パンドルフ)の北川辰彦は我が子のサンドリヨンに注ぐ愛情深さと、喜劇的面白さを上手に表現しておりました。バレエダンサーが6人出演してましたが、純粋にパレエシーンで踊るだけじゃなくて、小道具を手にして雰囲気を作ったり、色々な工夫が見て取れる動きをしていました。そうそうカボチャの馬車もちゃんと登場。馬車というよりは手動で押していく感じでしたが。ここらへん、プロコフィエフのバレエ『シンデレラ』の描き方とそっくりですね。新国立劇場のバレエでは、ロイヤル・バレエのアシュトン版を上演していますが、二人の姉が男のバレエダンサーで逆宝塚あるいは歌舞伎の感じ。実際にシンデレラが乗ったカボチャの馬車をダンサーが引っ張るんだけど、勢い余って馬車がひっくり返ったことがありました。
柴田真郁という指揮者は初めて名前を聞きましたが、なかなかテキパキとした棒さばきで、読響もそれに応えて引き締まった演奏だったと思います。
さてさて王子様が女性で、しかもサンドリヨンよりもロン毛というのもなかなか面白い。大道具が回転すると隣の宝塚劇場よろしく大階段が出現し、サンドリヨンがしずしずと降りてくる演出も上手い。広崎うらんという演出家、なかなかできる人だな。人間の動かし方が上手いなぁ。王子様とサンドリヨンだけじゃなくて、数多い廷臣たちや、精霊の動きなんかも計算し尽くした動かし方だったと思う。奇をてらったところがなく、正攻法なんだけど、物語の可笑しさ、面白さを全面に打ち出して、出しゃばることがない。世の中演出家の時代とか言うそうで、バカバカしい演出をゴマンと見せつけられている身としては、こういう美しいものができるんじゃないのと、改めて喝采を贈りたい気分でございます。
中山 晃子という人のAlive Paintingという技法を美しく舞台に活かしていました。おもに大道具の模様や図柄を変化させるために使用していたみたい。いろんな表現技法があるもんですね。















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