大野和士指揮の都響でR.シュトラウスのオーボエ協奏曲&マーラーの5番2022/04/28 20:39

今日は平日のマチネーにもかかわらず、都響+大野で超重量級のプログラムを聞いてきました。満員札止めではありませんでしがが、9割方お客さんが入っていました。まずは都響の主席広田智之のオーボエでリヒャルト・シュトラウスのコンチェルト。吹き始めから穏やかで軽やかで滑らかなオーボエのメロディーが古き良き時代を感じさせます。そう流麗で優雅なモーツァルトの旋律をちょっとだけひねったノーブルな音楽です。第1楽章の流れるようなメロディーもさることながら、第2楽章のアンダンテはモーツァルトのメロディーと肩を並べる優雅さ。第3楽章のユーモアとちょっと滑稽味を併せ持つ軽妙洒脱な味わいは、18世紀を彷彿とさせる味わいでした。

後半はマーラーの5番。マーラーの2番から4番は声楽入りの楽曲ですが、5番で純粋器楽に立ち返ります。頭のトランペットは運命の動機でしょうか。それともメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』の「結婚行進曲」のパロディーでしょうか。マーラーから連想されるのはメンデルスゾーンかもしれませんが、私はベートーヴェンの3番の第2楽章「葬送行進曲」を連想します。しかも表情記号もTraummarsch(葬送行進曲)となっています。第2楽章のハチャメチャぶり、そして、第3楽章のスケルツォの長さ、どの部分をとってもスキゾなマーラーの面目躍如。そして第4楽章の天国的なメロディー。ヴィスコンティが『ヴェニスに死す』で使いたくなったのもわかります。ちなみにハープは吉野直子がさり気なくオケに混ざって弾いていました。第5楽章の圧倒的なフィナーレはこの日の演奏のまさにクライマックスを築き上げていました。現代世界の混迷とマーラーの苦悶は、どちらも同じ次元で我々に迫ってくるように思われます。正義とか正当性とか、あるいは調和とか統一性とか、そういったものの確信が失われつつある時代に生きていかねばならない我々の心の奥底に、否定しつつも抗い難く存在する不条理の感覚を改めて思い知らされる演奏でした。ちなみにマーラーの死は1911年、その3年後に第一次世界大戦が勃発しています。

***********************

午前中はどんよりとした曇り空でした。




バラがちょこっと開き始めました。
パパメイアン




レディ・ヒリンドン


ムーンシャドウ


楽園


クリムゾン・グローリー


ヒラドツツジ。ストロベリーアイスが一輪開きかけています。


白いアイリスとシラン


アイリスとヒューケラ


エニシダとアイリス


やけに立派なアイリスがつるバラの根元で開いています。種でも飛んできたのかな?


オールドブラッシュはほぼ満開です。


マダム・アルフレッド・キャリエール


スペクトラ


サハラ


フレグラント・アプリコット


ホワイトクリスマス


一つの枝に一つの花。ハイブリッドティーのお手本のような花です。ヴィオリーナ。


香りのいいバラです。


嵐の前の静けさといった感じ。これからバラが爆発します。乞うご期待。