そうだ京都、行こう 5 永観堂のまたまたつづき2019/12/01 21:54

昨日に続いて今日も永観堂です。






赤からオレンジ、黄色にかけてのグラデーションと、緑のコントラストがみごと。自然が作り出す色彩のパレットってすごいですねぇ。



お堂の中で一番高いところに建っている多宝塔。



散り紅葉






放生池と極楽橋


1900年11月。与謝野鉄幹は晶子、山川登美子を伴って秋の永観堂で紅葉狩りを楽しんだそうだ。そしてその夜は粟田山の辻野旅館に三人で投宿。晶子が20歳、登美子は19歳、鉄幹が27歳ぐらだったかな。

「阿修羅のごとく」を地で行ったような三人旅。鉄幹には妻子もある(内縁関係だったらしいけど)。

その2ヵ月後の翌年1月に晶子は鉄幹と二人で再びこの永観堂を訪れています。そこで詠んだのがこの歌。

秋を三人椎の実なげし鯉やいづこ


池の朝かぜ手と手つめたき


秋に三人で来たときにどんぐりを投げて遊んだ鯉(=恋)はいづこに、と詠って登美子に対する勝利を高らかに宣言しています。この日晶子は大阪の実家から家出して来たとも言われております。

そしてみだれ髪の中の一首、

柔肌の熱き血潮に触れもみで

寂しからずや 道を説く君

『みだれ髪』は晶子21歳の年の出版ですが、この歌はそれ以前に鉄幹が主宰する同人誌に載ったもの。鉄幹に一途だったのか、それとも・・・?

銀杏の落ち葉のあたりを通り過ぎると、そろそろ永観堂もおしまい。


そうだ京都、行こう 6 南禅寺三門、天授庵2019/12/02 12:53

永観堂を出てぶらぶら南禅寺の方に戻ってきました。


南禅寺三門上からの眺め。

春宵一刻値千金をもじって石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな」と言った場所。歌舞伎では普通「楼門五三桐」と称されるホントに短い狂言。最初に大薩摩という義太夫が幕前で語られます。現在では大薩摩節は廃れてしまいましたが、長唄連中が三味線の曲弾きを披露します。文字通り幕が切って落とされるとそこは南禅寺三門上。吉右衛門の石川五右衛門、菊五郎の真柴久吉です。


楼門の上から見回して、紅葉が多そうな塔頭を探ってみると、天授庵がなかなか良さそうだ。


三門の急な階段を降りる途中、屋根瓦に胡乱な奴をめっけ。焼けちゃったパリのノートルダムなんかにたくさんへばりついていた奴らによく似ています。


天授庵に入ってみました。



禅寺ですから枯山水の庭が広がっています。


お堂を回り込むと風情ある枝折戸が・・・







小さいけど池泉回遊式の庭がひっそりと隠れています。






額縁庭園



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昨日ヤンソンスが亡くなったそうだ。享年76。親父さんはレニングラード・フィルの指揮者で東京交響楽団にもよく来演していましたが、70歳で心臓病で帰らぬ人となり、セガレも心臓病で逝ったそうだ。初来日はムラヴィンスキーが心臓病で来日できなくなった時の代演かと思いきや、それ以前にもレニングラード・フィルと何度か来日していたそうです。ムラヴィンスキーの代わりに振ったときの録音がこれ。ショスタコーヴィチの5番です。1986年10月19日サントリーホール。39分57秒あたりで金管が一瞬乱れたのはご愛敬。いやあ、この演奏は凄かったのよぉ。ムラヴィンスキーに勝るとも劣らない名演でした。世評では「サントリーを初めて目一杯鳴らした」とかなんとか。

そうだ京都、行こう 7 霊鑑寺、安楽寺、法然院2019/12/02 20:32

午前中に永観堂と南禅寺の天授院の紅葉をみて、この日は粟田山荘で昼食。そう、与謝野鉄幹様御一行が投宿された粟田山の辻野旅館があったあたりじゃないでしょうか。食事の後はまた東山の懐に戻って、まずは霊鑑寺。普段は非公開の門跡寺院だそうです。どうも皇室のうら若きお姫様が出家する寺だったらしい。お人形さんやら、きれいな絵が描かれたカルタのようなものがたくさん展示してありました。

門を潜って最初の建物にしゃれたオブジェが飾ってありました。

ススキに南天(?)をあしらったのかな。



唐紅というのか、散り紅葉がなかなかきれいな石段。

お寺の人によると、洛中で一番大きなモミジなんだとか。

確かに周囲を圧倒するほど背が高いモミジでした。





ホントに小さなお寺ですが、風情があります。




こういうのはものすごく手がかかっているんだと思います。




霊鑑寺を出て、哲学の道の一本東の静かな通りを北へ。なかなか趣あるしもたや(たぶん)。右の窓には招き猫。


霊鑑寺のほど近くに安楽寺というお寺があります。ここも普段は非公開。石段と山門とモミジが三位一体といった感じです。

中に入ってみると、これは動物の供養碑でしょうか。


何となくユーモラスなものども。

ここのモミジもきれいでした。



小さなお寺ですが、品のいいモミジの植栽です。






庭は意外にモダンなフランス風庭園のような作りで、丈の低いツゲで植え込みを縁取っていたりします。


帰りの石段前のモミジ

もう一度振り返って見る。

さらに北に向かって小径を歩いて行くと

程なく法然院に到着。



直前に見た2つのお寺(霊鑑寺や安楽寺)と比べるとやや大雑把な雰囲気。



ざっと見て出てきました。

そうだ京都、行こう 8 白沙村荘2019/12/03 13:55

法然院まで来ると哲学の道を歩いて銀閣寺までは目と鼻の先。銀閣寺道を右折すると銀閣寺ですが、この日は左に。今出川通りをちょっと行った左側に白沙村荘という施設があります。


ここに入ると銀閣寺界隈の喧噪はどこへやら。


ほとんど人がいない静寂の世界が広がります。

絢爛豪華なモミジじゃありませんが、しみじみ心に染み入るような風景。


どことなく、マリー・アントワネットの田舎家を連想させるような四阿。






羅漢さんでしょうか。




そうだ京都、行こう 9 真如堂2019/12/03 14:15

白沙村荘を出てタクシーを拾い真如堂へ。ベテランの運転手でもナビを見たり道路地図をめくったりして、その揚げ句バンザイしちゃう所です。今回も白川通りを南に行ったり、Uターンして北に戻ったり、「そこのバス停が真如堂前だよ」って教えてやったら「ああ、そうなんだ」なんて運転手が言い出す始末。白沙村荘から500円払って真如堂前のバス停で下ろしてもらい、急な坂道を歩いて真如堂まで登りました。


「秋は夕暮れ」なんて言いますが、午後3時頃、まさにジャストのタイミングで真如堂にたどり着いたようです。




このワンショットは私がいつもデスクトップに飾っているものです。


なるべく画角に入らないようにしましたが、どういうわけか中国人だらけ。安手のケバい色をしたレンタル着物を着てそぞろ歩いています。日本人でもたどり着くのに難儀するのに、どうやってやって来るんだろうか。


そもそも数年前までは「知る人ぞ知る」といった紅葉スポットで、全く観光地じゃなかったんですが、一体どうしたんだろう???







ホテルのバルコニーからも見えていた三重の塔





ここのモミジは作為が感じられない。自然なところがいいんだと思います。でも作為を感じさせないってことの裏には、日常的にものすごく手入れの手間、あるいは作為があるんじゃないでしょうか。





最後に三重の塔の前の茶店で甘酒を頂いて寺を後にしました。