ジャン・ロンドー チェンバロ・リサイタル@青葉台フィリアホール ― 2026/03/29 20:09
今日(3月29日)は青葉台までジャン・ロンドーを聞きに行きました。前回は2023年の10月に来日しています。その時の感想はこちら。
この人あまり私と相性が良くないみたい。どちらかと言うとどうも得意な演奏家じゃない。でも出かけるのはどこかいいところが見えてくるんじゃないかなと、期待しているところもあるから。今回の演奏曲目はこちらのページ。
前回もそうだったんだけど、かなりツンツンと自己主張が強い人みたいだ。前回はドビュッシーをチェンバロでやらかしたりして、もう絶対に行かないと誓ったんですが、今回はルイ・クープラン生誕400年記念なんて銘打ったりして性懲りもなく行く羽目に。この人商売は上手いな。休憩無しで80分というプログラム。客電が消えて、ステージの照明も殆ど消えて、舞台上のシーリングライトが1つだけ、それも薄暗く照度を絞っています。チェンバロの姿形もおぼろなら、登場した御本人の姿もおぼろ。それでまあ、プレリュード・ノン・ムジュレから自由な音価で弾き始めるわけですが、これがなんともかそけきボリュームと音色。席は2階の上手側バルコニー。それでも蚊の鳴くようなか細い音色。ナンタラカンタラ製作だそうだが、こりゃ全く面白みがない楽器。アーキタイパル・フレンチということだと思いますが、歴史的意義があるとしても、これは四畳半向けで現代のホールには全く向かない楽器。平土間できいていたら、全然音が飛ばないでヤキモキしたんじゃなかろうか。
ジャン・ロンドーという人、どの演奏会も何かしらの工夫というのか、芝居がかった仕掛けをしたがるみたいだ。今回もこのほぼ暗闇の中で、80分ひたすら耐えるはめに。ほぼ真っ暗ですからプログラムも見えない。ある程度予備知識があって、例えばクーラントはどんな舞曲か、パッサカリアはどんな仕組みになっているか、そんなことを知っていても、これは拷問だ。まず、演奏者の個性が立っていない。個性が立たず、自己主張が強いって最悪だ。演奏家個人の息遣い、テンポ感、アゴーギク、そういった諸々の音楽的要素がまるで平板。それでいてやたらと芝居がかった演出に凝るもんだから、演奏の面白さ、音色の豊かさ、巧みなレジストレーションなどまるで面白さが伝わってこない。ホントに遠くまで出かけて金と時間の無駄でした。
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今日はいい天気。最高気温は23.1℃。
ヴェロニカがそろそろ終わりかけています。
ヒラドツツジがそろそろ咲きそうです。
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