台風一過2021/10/02 17:10

台風は予定通りのコースを辿って、北に抜けて行きました。雨量は80ミリぐらいだったようです。今日は台風一過の猛烈な残暑。やや北風が強かったものの、台風が運んできた暑い空気のために30℃を超えました。


ドピーカン




百日紅の花はかなり散りました。


バラの新芽


台風の中、ラ・フランスが開きました。秋の最初の花です。


マダム・アルフレッド・キャリエールの長い枝がかなり揺れています。


レンガのボーダーに沿ったあたりの芝がかなり伸びているので、今日はバリカンでエッジを刈りました。9月7日以来です。




刈り込み後




芝生の補修箇所がまだ万全ではないので、全体に芝刈り機をかけるのはもうちょっと先になりそうです。





久々にクルレンツィスの映像が流れています。ピアノソロにアヴデーエワを迎えて、プロコフィエフの協奏曲第3番。オケは南西ドイツ放送交響楽団。今年9月10日の演奏会です。

西日2021/10/03 15:33

台風一過の晴天が今日も続いています。本日の最高気温29℃。昨日よりはいくらかまし。日が短くなったせいでしょうか、猛暑ではありますが、なんとなく爽やかな空気が感じられます。まさに「風の音にぞ驚かれぬる」といったところ。

(夜8時ごろ追記)
玄関脇の金木犀がまた香り始めました。1回目よりも匂いが強いみたい。


強烈な西日です。


マダム・アルフレッド・キャリエール




レディ・ヒリンドン


バラの新芽


日に透かしてみると鮮やかな色合です。


ストロベリー・アイス




ちょっと面白い映像です。ショパンコンクールに合わせて開かれる国際音楽祭にビオンディとエウローパ・ガランテが出演しています。曲目はドニゼッティの『ベトリー、またはスイスの山小屋』というオペラをコンサート形式で上演しています。どういう話かは全然わかりません。が、いかにもベルカントらしいきれいなメロディーに溢れています。ショパンと同時代の音楽ということで取り上げられたんだと推察しますが、ショパンコンクール自体、中間年に古楽コンクールも開くようになって、ピリオド楽器の魅力が浸透してきたように思われます。

金木犀の二度咲き2021/10/04 12:26

9月の半ばに一度咲いた金木犀が、また花をつけました。そろそろ剪定しようかと思っていたんですが、ちょっと待ってよかった。1回目の花が9月の半ばって、あまりにも早すぎて今年はもうだめかなと諦めていたところです。








本日もドピーカン


マダム・アルフレッド・キャリエール




パレード


レディ・ヒリンドン


赤いドリフトローズ


黄色のミニバラ


バラの新芽に蕾が付き始めました。


ストロベリー・アイス


ナデシコ





ショパンコンクールからたった今終わった反田恭平の演奏。現地時間の10月4日午前のセッション。反田君は3番目(最初から1時間ぐらい)の登場。

暑い日が続きます2021/10/05 12:27

昨日の最高気温30℃。今日はもう30.1℃まで上がっています。


相変わらずのドピーカン


レディ・ヒリンドン


ナデシコ


赤いミニバラがちょこっと咲いています。


マリーゴールドの花が増えてきました。


マダム・アルフレッド・キャリエール




ドゥフトゴルトが開きかけています。




ショパンのソナタ第3番の第4楽章。反田恭平の演奏です。録音がちょっと残念ではあります。

10/6 チェネレントラ@新国立劇場2021/10/07 17:05

昨日は二国でロッシーニの『チェネレントラ』を見てきました。スタッフ、キャスト、動画、シノプシスなどはこちら。 舞台写真はここ

今回は新演出です。演出の粟國淳という人がなかなか想像力と創造力ともに豊かな人で、根本的な読み替え演出にも関わらず大いに楽しめました。まずチェネレントラ(シンデレラ)のストーリーはそのまま舞台上で繰り広げられます。その外枠として、王子ドン・ラミーロは実は映画プロデューサーのセガレ、王子の家庭教師アリドーロは映画監督という設定があり、王子は映画の中で自分と結婚するヒロインを探しているという枠組みになっています。さらにその花嫁探しを、『カメラを止めるな!』よろしくずっと撮り続けているクレーンに乗ったカメラマンやガンマイクを掲げた撮影所の人々が多数出てきます。王族にとって最重要な国事行為は子作り。何しろこれをサボると自分たちのレゾン・デートルがなくなってしまうわけですから。それを記録に留めるために多数のスタッフがキャメラを回し続けています。また雑多なエキストラとおぼしき人々、インディアンやガンマン、張りぼてのサボテンも登場。ローマのチネチッタの混沌としたイメージが舞台上で繰り広げられます。もちろん大道具もそこらへんにわんさかとありますから、次から次へと装置が目まぐるしく移動して、お客さんを飽きさせません。

1950年代頃の撮影所の風景が蘇ってきたような舞台でした。そしてそこには古き良き時代に思いを馳せるノスタルジーの気分が漂っておりました。そうあのフェリーニの世界。あるいはヴィスコンティの時代。またチネチッタでは『ベン・ハー』などのアメリカ映画も撮影されたことで有名ですが、そこを越えて、はるか西の方ハリウッドに対する憧れの気持ちもかなり込められていたのかなぁ。日本でいうと宝塚少女歌劇のフィナーレを彷彿とさせる大階段やら群舞やら。ジーグフェルド・フォリーズの世界かなぁ。『ニュー・シネマ・パラダイス』の映画礼賛にも近いかな。

チェネレントラの起源と思われる伝説は世界中に500とも700とも言われています。まあ、日本の落窪物語なんかもそのうちに入るんでしょう。フランスの詩人ペローが書いた『サンドリヨン』あたりが、ディズニーの映画になって日本で固定された、「耐える女がいつか報われる」的なストーリーは非常に受け身な発想。「いつか王子様が白馬に乗ってやって来る」的な発想です。それに対して、ロッシーニのチェネレントラ(アンジェリーナ)は19世紀の初頭でありながら、自立する女です。かぼちゃの馬車も、ガラスの靴も出てきません。真夜中12時に魔法が解けるといった縛りもありません。自分の意志で道を切り拓く女の姿が見て取れます。アンジェリーナは極悪非道な父親や姉たちに向かって、堂々と「私も舞踏会に連れてって」と主張します。父親や姉たちが王子ラミーロに変装したダンディーニに熱心に入れ揚げているときにも、アンジェリーナは冷静に本物の王子を看破します。

チェネレントラはまた復讐劇でもあります。散々自分を虐げてきた父親と2人の姉を、どうしてくれようぞ。グリム童話では、王子との結婚式でアッシェンプッテル(シンデレラ)に取り入ろうとした姉たちは鳩に目を突かれて失明します。これは彼女が意図的した復讐ではなく、水戸黄門的な勧善懲悪の世界。ロッシーニのチェネレントラは最後に「苦しみと涙のうちに生まれ」という長大なロンドを歌って、父親と姉たちを許します。でも「許す」ってのは最も残酷な復讐かもしれませんね。

音楽的にはちょっとイマイチだったかな。歌手がいかにも小者。アジリタを不安なくこなせる歌手がほとんどいなくなってるのかな。オケもなかなか乗り切れず、特に管楽器のタンギングが最初のうちかなり怪しかった。やっぱりロッシーニは歯切れが良くなくっちゃ。男声合唱は相変わらず素晴らしかったけど、オケと噛み合わなかったのは指揮者のせいかな?

参考までに前回(2009年)上演されたジャン=ピエール・ポネル演出の舞台写真。 この時は、ラミーロがアントニーノ・シラグーザ、ダンディーニがロベルト・デ・カンディア、ドン・マニフィコがブルーノ・デ・シモーネ、アンジェリーナがヴェッセリーナ・カサロヴァ、アリドーロがギュンター・グロイスベック、その他、幸田浩子なんかもお姉さんの役を歌っていました。隔世の感があります。

メトの上演。最後の「苦しみと涙のうちに生まれ」のアリア。アンジェリーナはエリーナ・ガランチャ。



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今日は曇り空。最高気温も24.1℃と久々に夏日から解放されました。


昨日は蕾だったドゥフトゴルト(黄金の香り)が開きました。


シャルル・ド・ゴール


ストロベリー・アイス


マツムシソウ


パレード




ホワイト・クリスマスが咲きそうです。